大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成9年(ワ)21555号 判決

原告

平山雄二

原告

鈴木知美

原告

藤巻義孝

原告

木ノ下真弓

右原告ら四名訴訟代理人弁護士

山本真一

被告

東北ツアーズ協同組合

右代表者代表理事

川添修也

右訴訟代理人弁護士

本多藤男

主文

一  被告は、原告平山雄二に対し金二四三万三六〇〇円及びこれに対する平成九年一〇月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告鈴木知美に対し金二三〇万四九〇〇円及びこれに対する平成九年一〇月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  被告は、原告藤巻義孝に対し金一五四万四四〇〇円及びこれに対する平成九年一〇月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

四  被告は、原告木ノ下真弓に対し金一二六万七二〇〇円及びこれに対する平成九年一〇月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

五  原告らのその余の請求を棄却する。

六  訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  被告は、原告平山雄二に対し金二四三万三六〇〇円及びこれに対する平成九年一〇月一九日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告鈴木知美に対し金二三〇万四九〇〇円及びこれに対する平成九年一〇月一九日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

三  被告は、原告藤巻義孝に対し金一五四万四四〇〇円及びこれに対する平成九年一〇月一九日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

四  被告は、原告木ノ下真弓に対し金一二六万七二〇〇円及びこれに対する平成九年一〇月一九日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  本件は、被告を退職した原告らが、被告に対し、退職金の支払を求めた事案である。

二  前提となる事実

1  被告は旅行業ないし組合員に対する顧客の斡旋などを業とする協同組合である(争いがない。)。

2  原告らはもと被告に雇用されていた従業員である(争いがない。)。

3  原告らは平成九年八月二一日被告に対し一身上の都合により同年九月二〇日をもって被告を退職する旨の退職届を提出した(退職届の内容については〈証拠略〉、その余は争いがない。)。

4  被告は同月二日付けで原告らに対し同年八月二一日をもって原告らを懲戒解雇する旨の意思表示をし、その意思表示が原告平山雄二(以下「平山」という。)及び同木ノ下真弓(以下「木ノ下」という。)に到達したのは同年九月三日であり、原告鈴木知美(以下「鈴木」という。)及び同藤巻義孝(以下「藤巻」という。)に到達したのは同月四日である(争いがない。)

5  被告の就業規則(以下「本件就業規則」という。)には、次のような定めがある(〈証拠略〉)。

(一) 第五章 服務規律

第二〇条(従業員として勤務上の心得)

従業員は職制で定められた上長の命令に従い秩序を保持し上長は従業員の人格及び建設的意見を尊重しなければならない。

ア 1ないし5は省略

イ 組合の名誉を傷つけ又は風紀を乱し秩序をこわすような行為はしないこと(6)

ウ 7ないし12は省略

(二) 第七章 賃金

第二五条

従業員の賃金については別に定めるところによる。

(二)(ママ) 第八章 表彰懲戒

(1) 第二八条

懲戒の種類及び方法は下記の通りに定める。

ア 譴責 始末書を提出させて将来を戒める。

イ 減給 1回の減給額は平均賃金の1日分の半額以内としてその総額が1ケ月賃金総額1/10以内とする。

ウ 出勤停止、(ママ)譴責の上7日以内出勤停止し、その期間賃金は支給しない。

エ 懲戒解雇は予告期間を設けず又は解雇予告手当を支給せず即時解雇する。但し、行政官庁の認定を受けて行なう。

(2) 第三〇条

従業員が下記の各項に該当する場合、出勤停止又は懲戒解雇に処する。但し情状により減給又は譴責に止めることもある。

ア 服務規律に著しく違反したとき(一項)

イ 二項ないし四項は省略

ウ 故意又は重大なる過失により組合に著しい損害を与えたとき(五項)

エ 六項は省略

オ 故意に組合の運営を阻害したとき(七項)

カ 八項は省略

キ 組合の機密を洩らしたとき(九項)

ク 一〇項ないし一二項は省略

6  被告の給与規程(以下「本件給与規程」という。)には、次のような定めがある(〈証拠略〉)。

(一) 第一条(目的)

本組合が支給する給料、手当その他の給与は就業規則第二五条の定めるところによる。

(二) 第二八条(退職金)

従業員が退職した時は第二九条により退職給与金を支給する。

(三) 第二九条(退職給与金の支給基準)

退職給与金の支給基準は退職当時の基本給料(本人給)月額に次に掲げる数を乗じて得た金額とする。

3年以上 一・三ケ月分

4年以上 一・七ケ月分

5年以上 二・一ケ月分

6年以上 二・五ケ月分

7年以上 二・九ケ月分

8年以上は別表(別添〈略〉の退職金支給基準率表のことである。)の通りとする。休職期間は定められたものの外は、これを勤続期間に算入しない。

(四) 第三〇条(慰労金)

退職者にあって在職中、業務の遂行につき特に功績のあったと認められる者については前条に規定する退職給与金の外に理事会の決議により慰労金を支給する事が出来る。

7  原告らの退職金(以下「本件退職金」という。)の金額は、次のとおりである。

(一) 原告平山の勤務年数は一四年であるから支給基準率は一一・七であり、退職時の基本給料は金二〇万八〇〇〇円であるから、原告平山の退職金額は金二四三万三六〇〇円である(争いがない。)。

(二) 原告鈴木の勤続年数は一四年であるから支給基準率は一一・七であり、退職時の基本給料は金一九万七〇〇〇円であるから、原告鈴木の退職金額は金二三〇万四九〇〇円である(争いがない。)。

(三) 原告藤巻の勤続年数は一一年であるから支給基準率は七・八であり、退職時の基本給料は金一九万八〇〇〇円であるから、原告藤巻の退職金額は金一五四万四四〇〇円である(争いがない。)。

(四) 原告木ノ下の勤続年数は一〇年であるから支給基準率は六・六であり、退職時の基本給料は金一九万二〇〇〇円であるから、原告木ノ下の退職金額は金一二六万七二〇〇円である(争いがない。)。

8  原告らは、平成九年一〇月一八日、被告に対し、本件訴状により退職金として、原告平山については金二四三万三六〇〇円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金、原告鈴木については金二三〇万四九〇〇円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金、原告藤巻については金一五四万四四〇〇円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金並びに原告木ノ下については金一二六万七二〇〇円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の各支払を請求した(当裁判所に顕著である。)。

三  争点

1  退職金不支給の根拠について

(一) 被告の主張

被告では設立以来懲戒解雇事由により解雇された従業員については退職金を支給しない慣行が確立しており、原告らはこれを承認している。したがって、本件給与規程に基づいて退職金の支払を受ける権利があるのは懲戒解雇事由により解雇された従業員を除くその余の事由により解雇された退職者のみである。

(二) 原告の主張

本件就業規則及び本件給与規程には懲戒解雇の場合に退職金を支給しないことを定めた規定はないのであり、原告らが懲戒解雇された従業員について退職金が支払われないことを了承していたということはない。なお、懲戒解雇された従業員について退職金が支払われなかったことがあるが、これは横領や使い込みで警察沙汰になった者ばかりである。

2  懲戒解雇事由の有無について

(一) 被告の主張

(1) 原告平山は首都圏営業本部長、原告鈴木は東日本営業本部長という理事に次ぐ重要な管理職であり、原告藤巻は東京営業所長という重要な地位にあるにもかかわらず、同人らは著しい職務怠慢により各担当地区における集客数が大きく落ち込んだことを全く反省せず、これを他の幹部の従業員の責任に転嫁し、幹部の従業員が無能で仕事をしないとか、無責任であるとか、部下の教育ができていないなどの言われなき中傷、人身攻撃をなし、被告の業務運営と職場秩序を阻害した。

(2)ア 原告平山、同鈴木及び同藤巻は重要な管理職又は重要な地位にあり、原告木ノ下は経理部長という重要な地位にあったにもかかわらず、被告の常務理事であった坂本光子が被告の専務理事に昇格したことを批判し、また、同人の息子である坂本伸之が復職して部長職に就いたことなどをとらえて、坂本伸之は仕事を投げ出して突然いなくなった人間なのにこれを復職させたのは坂本伸之が坂本光子専務理事の息子であることからした情実人事であるとか、坂本光子専務理事は自らが息子の退職せん別を申請して受領させたとか、坂本伸之は仕事もしないで本を読んだり外出してぶらぶらしているとか、坂本光子専務理事は専務理事に就任したばかりなのに関係者への挨拶回りをしないで被告を休んで息子の引っ越しの手伝いをしているとか、坂本伸之が九日しか出勤していないのにまるまる一か月分の、それも本部長並みの給与が支給されるという特別待遇をしているなどと、事実無根のことを流布して誹謗中傷した。殊に被告の前の専務理事であった太田照雄(以下「太田」という。)相談役に対し事実無根の事柄を述べて誹謗中傷に及んだことは、坂本光子専務理事を無視した組織に対する挑戦であり反逆である。このような行為により坂本光子専務理事らの名誉は毀損され、太田相談役その他の理事及び従業員に疑惑と混乱を招き、被告の組織、業務運営及び秩序を著しく阻害した。

イ 原告平山、同鈴木及び同藤巻は、当時被告の経理部長であった原告木ノ下と共謀して、真実はそうでないのに坂本伸之が勝手に被告の金で飲食しているとか、転勤者がガステーブル及び照明器具を購入した場合にはこれまで自己負担であったのに坂本光子専務理事は札幌に転勤した息子の坂本伸之のために勝手に被告の負担でガステーブル及び照明器具を購入したなどと被告の従業員に言いふらして、その領収書、出金伝票及び振込金受取書を無断でコピーして従業員に配布し、しかも飲食の回数、代金合計金額を多く見せようと、故意に、領収書とその領収書について作成された出金伝票を一枚の紙に貼り付けたり、領収書とその領収書に記載された金額についてした振込の振込金受取書を一枚の紙に貼り付けたりし、もって、領収書に記載された金額の外にその領収書について作成された出金伝票や振込金受取書に記載された金額についても支出したかのように見せかけて、もって坂本光子専務理事や坂本伸之が背任、横領行為をしているかのような虚偽の事実をねつ造して同人らの名誉を毀損し、かつ太田相談役その他の理事及び従業員に疑惑と混乱を招き、被告の組織、業務運営及び秩序を著しく阻害した。

ウ 原告平山、同鈴木及び同藤巻は、原告木ノ下をして、漏えいすることが禁止されている従業員給与明細を一覧表にし、しかもその内容の一部をねつ造して従業員に配布したのであり、その結果、従業員の間に不和を熟(ママ)成して被告の業務運営と職場秩序を阻害した。

エ 原告ら四名は被告に在職中から旅行業の開設を謀議し、その計画を進めていた。すなわち、原告らは被告に在職中の平成九年七月ころから就業時間中にもかかわらず密会し、旅行業を開設して被告の取引先であったホテル観洋などの東京案内所として同ホテルなどに送客する外、被告の取引先である顧客を獲得して被告に加盟する組合員の旅館やホテルその他に送客することを謀議し、同年八月二日から同月九日まで沖縄旅行をしてその打ち合わせを行い、同月二二日ころに入って営業事務所を物色していた。そして、原告らは被告を解雇された後に浦和市内に「旅の総合案内所東日本予約センター」を開設し、被告の取引先である旅館やホテルなどに開設の案内書を送付して競業行為をしている。

(3) 原告らが右(1)、(2)アないしエの各行為に及んだのは、被告が業務を行っている地域と同一の地域において被告が業務を行っている取引先や顧客と同一の取引先や顧客との間で競業する旅行業を営むことを企画、実行する目的で被告を退職するに当たって、被告を退職するための言い訳、口実作りのためであった。

(3)(ママ) 原告らの右(1)、(2)アないしエの各行為は、本件就業規則三〇条一項(違反した服務規律とは本件就業規則二〇条6である。)、同条五項、同条七項に該当し、原告らの右(2)イ及びウの各行為は同条九項に該当する。

(二) 原告の主張

(1) 被告の営業成績は全地区において急激に落ち込んだのであり、原告平山、同鈴木及び同藤巻の担当地区における集客数だけが大きく落ち込んだわけではなく、また、集客数が落ち込んだのも同原告らの職務怠慢によるものではない。同原告らが言われなき中傷、人身攻撃をし、被告の業務運営と職場秩序を阻害したこともない。

(2)ア 原告らが坂本光子専務理事や坂本伸之について事実無根のことを流布して誹謗中傷したとする事柄は、いずれも事実であり、また、原告らがこれらの事実を流布したことはない。

イ 原告らが坂本専務理事や坂本伸之について同人らが背任、横領行為をしているかのような虚偽の事実をねつ造したとする事柄は、いずれも事実であり、また、原告らがこれらの事実を公表するなどしたことはない。原告らが飲食回数や代金合計金額を多く見せかけようとしたことはない。

ウ 原告らが従業員給与明細を一覧表にしたりその一部をねつ造して従業員に配布したことはない。この一覧表は太田相談役に見せただけである。

エ 原告らが被告に在職中から旅行業の開設を謀議し、その計画を進めていたことはない。原告らは被告を解雇された後に浦和市内に「旅の総合案内所東日本予約センター」を開設しているが、これは、被告が原告らを懲戒解雇したので、原告らがこれまでの経験を生かせる職場に就職することが不可能になったためにやむなく開設したもので、当初から総合案内所の開設を企図していたわけではない。原告らは被告を脱会したいから開設の案内状を是非送ってほしいと頼まれた観光施設一件に対し案内状を送付したことはあるが、それ以外に原告らが被告の取引先である旅館やホテルなどに開設の案内書を送付したことはない。

(3) 原告らは、被告に在職中に、被告が業務を行っている地域と同一の地域において被告が業務を行っている取引先や顧客と同一の取引先や顧客との間で競業する旅行業を営むことを企画、実行することを考えたことはなかった。

(3)(ママ) したがって、原告らは本件就業規則に反するような行為はしていない。

第三当裁判所の判断

一  争点1(退職金不支給の根拠)について

1(一)  退職金は、継続的な雇用関係の終了を原因として、労働者に支給される一時金であるが、その法的性質については、退職金の支給条件が法令、労働協約、就業規則、労働契約などにおいて明確に規定されていて使用者がその支払義務を負担するものであるときは、退職金は労働基準法(以下「労基法」という。)一一条にいう「労働の対償」としての賃金に該当するものと解するのが相当である(最高裁昭和四八年一月一九日第二小法廷判決・民集二七巻一号二七ページ)。

(二)  本件においては、本件就業規則二五条は従業員の賃金については別に定めるところによると規定していること(前記第二の二5(一))、右の規定を受けて設けられた本件給与規程二八条は従業員が退職したときは本件給与規程二九条による退職給与金を支給すると規定し、本件給与規程二九条は退職給与金の支給条件を規定していること(前記第二の二6(一)ないし(三))に照らせば、本件退職金については、その支給条件が就業規則において明確に規定されていて被告がその支払義務を負担しているものというべきであるから、労基法一一条所定の賃金に当たると解される。そうすると、被告が支給する退職金は賃金後払いの性質を有するということになる。

2  ところで、

(一) 被告は、懲戒解雇事由により解雇された従業員には退職金を支給しない慣行が確立しており、そのことは原告らも承認しているから、被告は原告らに退職金を支給する義務はないと主張しているが、右の主張は、要するに、被告による退職金の支給については支給条件として懲戒解雇された従業員には退職金を支給しないという付款が設けられており、そのような付款が設けられているとする根拠は被告における確立された慣行又は原告らとの合意であるというものであるから、果たして被告による退職金の支給について支給条件としてそのような付款が(ママ)設けることが許されるかどうか、許されるとして被告による退職金の支給についてそのような付款が設けられているといえるかどうかを検討する必要がある。

(二) まず、被告による退職金の支給について支給条件として懲戒解雇された従業員には退職金を支給しないという付款を設けることが許されるかどうかについてであるが、そもそも使用者には退職金の支払義務があるわけではないから、労働契約に反しない限り、その支給条件をどのように定めることも自由であると考えられること、一般に退職金には賃金後払いの性質だけでなく、功労報償の性質もあることは否定し難いことにかんがみれば、懲戒解雇された従業員には退職金を支給しないという内容の付款が一般的に不合理なものとして効力を有しないということはできない。そして、本件において被告による退職金の支給について支給条件として懲戒解雇された従業員には退職金を支給しないという付款を設けることが原告らと被告との間の労働契約に反するとまでいうことはできないのであって、被告による退職金の支給について支給条件として懲戒解雇された従業員には退職金を支給しないという内容の付款を設けることも許されるというべきである。

(三) 次に、被告による退職金の支給について支給条件として懲戒解雇された従業員には退職金を支給しないという内容の付款が設けられていると認められるかどうかであるが、退職金の支給については労基法一五条一項、八九条一項、同法施行規則五条一項が、退職金の定めをするときは、それに関する事項を労働契約の締結の際に明示し、所定の手続によって就業規則に規定しておかなければならないとしているので、被告による退職金の支給について支給条件として懲戒解雇された従業員には退職金を支給しないという内容の付款を設けるのであれば、そのような内容の付款をあらかじめ就業規則において定めておくべきであるが、仮に就業規則にそのような付款が定められていなかったとしても、個々の労働契約においてそのような付款を設けることを合意することは当然に許されるものと解され、また、就業規則においてそのような付款を設けていなくとも、そのような付款が存在することを前提に退職金の支給に当たってはそのような付款が適用されるという事実たる慣習が成立しているものと認められる場合には、被告による退職金の支給について支給条件としてそのような付款が設けられていると認めることができる。

そこで、これを本件について見るに、退職金の支給について定めた本件給与規程には退職金の支給条件として懲戒解雇された従業員には退職金を支給しないという内容の付款は設けられていない。また、前記のとおり原告平山はその本人尋問においてかつて横領などの理由で懲戒解雇された被告の従業員に退職金が支払われなかったことについてこれを是認する趣旨の供述をしているが、原告平山は、横領などを理由に懲戒解雇された場合には懲戒解雇の原因とされた横領などの行為によって被告に一定の財産的損害が発生し、この財産的損害のてん補には被告から支給される退職金をもって充てるとすれば、いちいち被告が懲戒解雇された従業員に退職金を支給する必要はないと考えて、右のとおり供述したものとも考えられるから、右の供述から直ちに原告らと被告との間の労働契約において退職金の支給について支給条件として懲戒解雇された従業員には退職金を支給しないという内容の付款を設けることを合意したことを認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。そして、証拠(〈人証略〉)によれば、被告が懲戒解雇した従業員に対し退職金を支給しなかった例があることが認められるが、そのような例があるというのは、要するに、被告から懲戒解雇され退職金を支給されなかった従業員が退職金を支給されなかったことについて被告に対し何らの異議も述べなかったということを意味するものと考えられるが、懲戒解雇された従業員が退職金を支給されなかったことについて異議を述べなかったのは、懲戒解雇の原因とされた横領などの行為によって被告に一定の財産的損害が発生し、この財産的損害のてん補には被告から支給される退職金をもって充てるとすれば、いちいち被告に退職金の支給を求めるまでのことはないと考えたことによるものとも考えられ、そうであるとすると、退職金を支給しなかった例があるというだけでは、就業規則において退職金の支給条件として懲戒解雇された従業員には退職金を支給しないという内容の付款を設けていなくとも、そのような付款が存在することを前提に退職金の支給に当たってはそのような付款が適用されるという事実たる慣習が成立していると認めるには足りないというべきである。他に右にいう事実たる慣習が成立していることを認めるに足りる証拠はない。

そうすると、被告による退職金の支給について支給条件として懲戒解雇された従業員には退職金を支給しないという内容の付款が設けられていると認めることはできない。

3  以上によれば、原告らが懲戒解雇されたからといって、被告はそのことを理由に本件退職金の支払を拒否することはできない。

二  ところで、本訴請求において原告らは本件退職金に対する遅延損害金として商事法定利率年六分の割合による金員の支払を求めているが、原告が商人であるとすれば、商人が労働者と締結する労働契約はその営業のためにするものと推定されるので、労働契約に基づいて商人が労働者に支払う賃金債務について履行期を遅延した場合の遅延損害金の利率は商行為によって生じた債務に関するものとして商事法定利率によるべきであると解するのが相当である(最高裁昭和三〇年九月二九日第一小法廷判決・民集九巻一〇号一四八四ページ、最高裁昭和五一年七月九日第二小法廷判決・裁判集民事一一八号二四九ページ)から、前記第三の一1のとおり賃金後払いの性質を有する本件退職金に対する遅延損害金は商事法定利率年六分の割合による金員であるということになる。

しかし、原(ママ)告は中小企業等協同組合法に基づいて設立された協同組合であるところ、協同組合は同法一条の目的を達するために同法所定の事業のみを行う法人であって、組合自体が金銭的利益を得ることを目的とするものではないから、商法上の商人には当たらないと解される(中小企業等協同組合法に基づいて設立された信用協同組合について同旨の判例として最高裁昭和四八年一〇月五日第二小法廷判決・判例時報七二六号九二ページを参照)。

そうすると、本件退職金に対する遅延損害金は商事法定利率年六分の割合による金員ではなく民法所定の年五分の割合による金員であるというべきである。

三  以上によれば、その余の点について判断するまでもなく、原告らの本訴請求は本件退職金の支払及びこれに対する請求の日の翌日である平成九年一〇月一九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。

(裁判官 鈴木正紀)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例